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No Bugs, No Life

読んだ本や、プログラミング、システム開発等のねたを中心に。文章を書く練習なので少し硬派に書くつもりだけど、どうなることやら。

BOOK:新・帝国主義の時代 - 左巻 情勢分析篇、右巻 日本の針路篇

BOOK

とりあえず左巻を5/17に、右巻を5/19に読了。
自分自身は、佐藤優の本をかなり気に入ってよく読んでいるので、多分に彼の思想・思考に引きずられてしまっていると思う。
が、その上で意識的に少し距離を置いてこの本を眺めてみたい。

左巻のサブタイトルが「情勢分析篇」、右巻のサブタイトルが「日本の針路篇」となっていることから、基本的なコンセプトとしては左巻で主に国外の状況に関する分析を、右巻では主に国内の情勢に的を絞っているのかと想像していたが、どうもそこら辺はあまり明確に区別されているようには理解できなかった。
傾向としては左巻が主に「新・帝国主義」と言う言葉の導入とそのキーワードからみた海外情勢が主、右巻(の冒頭)はここ数年の日本国内の政治情勢(主に民主党政権への転換期以降)と外交関連事案の関連付けに重きが置かれていたというところか*1
(上記のとおり、自分には左右巻を明確に峻別できなかったので)全体をとおした基調は、世界は「新・帝国主義」によるブロック化に向かっており、その中で日本という国家はどのように振舞うべきか、を提言していると理解した。

内容に関して特に興味深く感じたのは、「民主党政権の外交に関する評価」「沖縄問題」の2点だった。

民主党政権の外交に関する評価」について、マスコミ報道やネット右翼界隈に影響されたのかどうかはわからないが、自分自身は民主党政権の外交関連については極めて残念に思っていた。「弱腰だ!」と俄かナショナリズムに落ちていたのかも知れない。
一方、著者の視点からは前原元外相、玄葉元外相や野田元総理の対ロシアのメッセージには、評価するべき点があったようだ*2
外交という独特の技術に対する冷徹な(プロの)視点に感心し、やはり、テクノクラートとしての公務員を活かすことが重要だと感じた。
とはいえ、著者が持っている鳩山元総理に対するスタンス(ある種のシンパシーと表現するべきなのか、期待感と表現すべきなのかも良く判らないが)に自分が共感しかねたのは、いまだ自分の理解が足りないのか、著者もまた民主党政権発足時の熱にあてられていたのか。
著者が、今現在から鳩山政権を振り返った時にも同じようなスタンスをとるのか、好奇心は刺激される。

次に、沖縄の問題。
自分は沖縄県という1行政単位を素朴に所与として受け止めていたが、著者が言うように、沖縄の問題は真剣に取り組まなければ、沖縄の日本からの分離・独立という結果を生みかねない大きな問題だと感じ、ショックを受けた。
歴史的経緯*3からも、文化的背景からも、現在の「差別」問題*4からも、外交的な背景*5からも、あり得る未来のように思われた。


なお、書籍の形態としては「中央公論」への連載を取りまとめた書籍なので、個々の文章は体裁的には独立しており読みやすい。
ただ、どうしても繰り返しが多くなってしまっているのは、重要なメッセージを繰り返し発信するという意図よりも、個々の独立した連載を取りまとめた弊害のように思えるが、まぁこれは仕方が無いことだろうか。

最後に、この本そのものの内容ではなく著者のスタンスに起因するのだが、この数日、自分が引っかかっている点について。
著者にはお気に入りの言い回しが幾つかあるようで、そのうちの1つに「内在的論理」というキーワード*6がある。
文脈によっては「物語」や「神話」といったキーワードでも代替されているが、自分自身はどうも「内在的論理」というキーワードが腹に落ちきっていない。
自分自身は所謂システムエンジニアと括られるような仕事をしているが、人を相手に仕事するときには(特にその相手が所謂ステークホルダ的な方だと)、相手の「言葉」と「置かれている立場」に加えて、「感情(多くは何らかの恐れ)」をできるだけ理解したいと考えている*7
しかし、佐藤優氏の著作内で「内在的論理」という表現には、あまり「感情」という要素を感じることが出来ない。
尤も「内在的論理」には「信念・信条」的なエモーショナルな要素が含まれていることは読み取れるので、著者が「内在的論理」を論理より広範な概念と捉えている、とは思うのだが何故「感情」の要素が読み取れないのだろう。

考えられるのは以下か。

  1. 自分が見落としているだけ。著者は感情も含めて「内在的論理」という用語を用いている。
  2. 著者のフィールド(外交、インテリジェンス)では「感情」という要素は小さなポーションしか占めない。

「内在的論理」が幅のある使い勝手の良さそうな言葉なのだが、どうも「感情」という要素が著者の言葉から読み取れていないので、使うのに逡巡してしまう。
まぁ、どうせ日常の会話ではあまり使わない用語なので、もう少し考えよう。


結局、冒頭に述べたような距離をとった記事にはならなかった。
「言葉の芸術」を生業にしているわけではないので、ご寛恕を。

*1:自分の読解力不足かな

*2:ここでも管元総理については何ら肯定的評価は見えなかったが

*3:著者が繰り返すように「民族」はここ最近の概念だが、特に沖縄の人たちが日本民族として扱われたのは、歴史的には最近の話

*4:著者がいう「皮膚感覚」で沖縄の差別を理解できていないので、本当に「差別」があるのか、「差別」と受け止められているのかは判らないが、「差別」と受け止める人が居てもおかしくはない、とは理解できた

*5:地政学的に沖縄に興味を持っている某国からの独立工作があってもおかしくはない、と陰謀論かもしれないが、思っている

*6:Googleで検索しても佐藤優氏の著作に関する記事が上位になっているな

*7:なかなか出来ないが...。